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自分のチーズがフルムダンベールAOCと一緒にされたくないチーズ職人(Antoine et Louis de Boismenu)



8月12(火)の朝、アントワーヌさんを訪ねました。チーズを作っている間にいろいろな話をしました。そして話しているうちにアントワーヌさんの哲学の一つが見えてきました。パリで10年ほどサラリーマンをしていた彼は、それなりの収入と仕事に満足していたそうです。しかし、時折思い出すのは、子供の頃にヴァカンスで両親に連れられて過ごしたことのあるこの土地の事で、次第に自分でチーズを作る農家に成りたいと思うようになっていったそうです。そして遂に1年ほど前からこの地に移り住み、チーズ作りを実現したそうです。
 
私が、「どんなチーズを作っているのですか。そこに見えるのは、フルムダンベールですか?」と聞いたところ、アントワーヌさんの顔色が変わりました。「外見は似ているけど、フルムダンベールとは全然違う。」と力強く答えました。「俺のチーズをあんなチーズと一緒にしないでくれ!」という気持ちなんだと思います。

残念ながら今の日本の制度や考え方では、フランスと同等かそれ以上の美味しいチーズを作ることは、不可能です。その理由は、その内に公開したいと思います。

「俺のチーズにAOCの認証なんて要らないんだ。いや、むしろAOCなんてものは、付けて欲しくないんだ。」とも仰いました。普通のチーズ職人なら、自分の作ったチーズがAOC認証を受けることになれば、とりあえず公的に認められた様で喜ぶと思うのですが・・・。

カーヴも天然です。「床はコンクリートで埋めよ。」とお役人に言われたそうですが、砂利を敷くだけにしました。だから、大地とつながっているカーヴなのです。お陰でこの地方の微生物が、チーズの熟成に一役買っているようです。

アントワーヌさんは、自分のチーズがAOCの仲間入りをして認められることよりも、AOCに入ることで、同一視されることを恐れたのだと思います。AOCの規格基準をただ守っただけのチーズとは、比べ物にならない位、アントワーヌさんの求める基準はとても高いのです。例えば、ミルクの質を高める為にわざわざ道路すらないほどの山間部の斜面で放牧をしたり、牛に与える干し草も無農薬で作ったり・・・と自分が納得いくまでの努力をしているからだと思います。日本の農業界では、農薬をバンバン使った農家のみかんも低農薬で作りたいと思っている農家のみかんも農協の選果場に運ばれてると同じみかん箱に入れら出荷されたら、頑張っている農家の人にしてみれば、何だかとっても空しく感じる様に、アントワーヌさんもそう思ったのだと思います。
私もアントワーヌさんの考えに大賛成です。「AOC認証のチーズは、必ずどれも美味しいとは限らない。」ことは、私も数年前から感じていました。今まで10年もの間、フランス各地のチーズ生産地を訪ねて来た結果、ただ大きいチーズ会社というだけで、品質は小さな生産者に及ばない例を数多く見てきたからです。
 
AOC認証のチーズだから、お客さんが安心して買ってくれるという事よりも、「あなたが好き!」とか「あなたが作ったチーズだから買いたい。」と言われる方が、余程アントワーヌさんは、うれしいのだと思います。

確かにこのチーズは、フルムダンベールとは、全く違うチーズです。アントワーヌさんの魂が入っている気がします。

アントワーヌさんは、まず第一に自分自身が納得するチーズを作りたいのだと思います。AOCのチーズだと認められることやお客さんからの評価よりも・・・。そして、いろいろとやってみてようやく納得するチーズが出来つつあるんだと思います。そのチーズを買いたいと思うお客さんがいて、彼らに直接販売しているのです。だからAOC認証などの評価は不要だし、むしろ先の様な誤解を招くことになるんだと思います。アントワーヌさんとお客さんの間にある信頼関係の根幹は、AOC認証などの他人の評価ではなく、人と人とがお互いを認め合っている心のつながりです。
つまり、アントワーヌさんのチーズを買う人は、AOCだからという様な第三者というか自分以外の他人や団体が認めたという評価で "買う・買わない"の判断をしているのではなく、アントワーヌさんという人間やアントワーヌさんのチーズを自分の目で見て感じて、「これは素晴らしい。」と自分の頭で判断して買っているのです。「TVや雑誌に出ていたから、いいチーズらしい。」という安易な動機で買ってしまう多くの消費者とは全然違うのです。フランスを旅して思う事は、フランスには自分の判断の基礎となるものをAOC認証などの他人の評価・評判に委ねることなく、自分の五感で感じた事を大事にしている消費者と生産者が多いことです。
 
これまでに私はフランス各地でいろいろなチーズの工場を見てきました。しかし、大きなチーズ工場ほど、「我々のチーズは、AOCの認証を受けた特別なチーズです。」と自慢げにアピールする度合いが強いなぁと感じていました(他にアピールしたいことはないの?)。でも、そのチーズはとても広い範囲のたくさんの農家の牛乳をごちゃまぜにしたもので、もうミルクの個性が消えていたり、ミルクを高温で殺菌しいていたり、チーズ工場に漂う空気がとても臭かったり、そして何といっても実際に食べるそのチーズ自体が美味しくないものであることが時々ありました。こういう経験からもAOCのチーズだから特別に良いとか美味しいとか限らないことを知りました。だから、アントワーヌさんの様に、自分で牛を育てて、美味しいミルクを作ることからやっている農家が、如何に素晴らしいか、そしてまた、能率や効率ばかりを優先する現代社会において、彼の存在がとても貴重でもあるとも思います。
 
自分自身や自分の作ったチーズに、どれだけ自信があるかどうかを推し量る言葉が、今回の一言だったのだと思います。既存の認証制度や世間的に知られたブランド名などに頼らなくでも、ましてTVや雑誌の宣伝をする訳でもなく、たった一人の人間の存在意義をもってして、言い換えれば自分自身というブランドだけで、自分の作ったチーズを自分で直接販売していることが、アントワーヌさんの素晴らしさの一つだと私は思います。
 
素晴らしい個性を持った魅力的な人は、日本でも私の周りでもとても多くいると思います。でも、その自分の素晴らしさに気が付いていない人もまたとても多いと思います。そうなってしまうのは、自分を殺してでも他に合わせようとする日本社会の風潮に押し流されているという理由もあると思います。でも、周りや他人の事を一度頭から外して、自分の良い点をじっと見つめれば、きっと自分にしかない良さが見えてきて自分自身にもっともっと自信が持てると思います。そしてそう思えた時、きっとアントワーヌさんの様に自分とは関係のない他人が作ったブランドが欲しいなんて思わなくなるし、そんなブランドに頼らない生き方が出来ると思います。 多くの人は、自分だけのブランドに気付いていないだけで、人は皆それぞれに独自の素晴らしいブランドを持っていると私は思います。それに気付かずに、他人の敷いた価値観に乗ってしまえば、永遠に自分らしい生き方はできないと思います。逆に自分の持つブランドに気付くことが出来れば、次からは自分のブランドが、人から求められる様に流れを180度変えることもできます。つまり、自分だけが持つ「良さ」に気付けられるかどうかで、その人の進む未来は大きく変わると思います。私も自分の良い面を有効に活かして、自分独自の生き方を続けていこうと思います。こういう考え方が出来る人が「自分を持っている。」人なんだと思います。そして、こういう人が日本でも増えていけば、もっともっと多様性がある面白い社会になると思います。


自分のチーズがフルムダンベールAOCと一緒にされたくないチーズ職人(Antoine et Louis de Boismenu)