栄 オリさんは、札幌に住む90歳の女性です。85歳までご主人と二人三脚で畳屋さんを営んでおられました。ひょんなことから、この5月に知り合い、それ以来時間がある度にお茶を飲みに行っています。私にとって、とても楽しいひと時です。同年代の友達と話をするようなあるいはそれ以上にワクワクするような話をして下さいます。オリさんは90歳にして、とても軽やかな身動きで元気です。足腰も丈夫です。一般的な同年代の方とは明らかに違います。健康なのは、長年体を使って働いてきたお陰だとおっしゃいます。これまでに手の指が曲がるほど働き続けて来たと苦笑いしながら、ご自身の手を見せてくれました。その手を見て私は働き者のいい手だなぁと思いました。農業をしていた亡き祖母の手と似ていました。少し日焼けした柔和なお顔で顔色も良く力が抜けている様子で、心身ともに健康だなぁと感じました。そんなオリさんの人生は激動でした。第二次世界大戦前から戦中、そして戦後と正に”昭和”を生きてこられました。これまでに何度も死にそうになったことがありましたが、持ち前の強い気持ちと最終判断は人の言いなりではなく、全て自分で決めた事で乗り越えられたそうです。会う度にいろいろなお話をして下さいましたが、そのどれもがとてもいいお話でした。そんなお話の中で、私が今チーズマーケットという商売をしていて、とてもハッとさせられた言葉が、この「誰の人生でも最後までずっと貧乏だなんてことは無い。」でした。 |
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どういうことかと申しますと、「誰の人生でも一度や二度ぐらいは、貧乏から抜け出すことが出来る大きなチャンスが必ずくる。」ということです。つまり、オリさんや私のように生まれた時から貧乏でも、「生きていればいつかはチャンスがやってくるから、そのチャンスが来るまでに準備をして、それを確実に物にすれば、ずっと貧乏のままで人生が終わることは絶対無いよ。」と力強くおっしゃいます。「うーん、確かにそのとおりだ。」と私も自分の短い43年の人生を振り返り納得しました。しかし、これだけの話なら以前にも聞いたことがありましたので、特別ここで紹介するほどでもありません。オリさんのすごい所は、これだけで終わらなかったことでした。でもね、・・・・。と話は続きます。 |
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「でもね、そのチャンスをものにしたからって、だれもが皆金持ちになったり、商売の繁栄が長く続くことはないのよ。なぜならその繁栄が長く続くがどうかは、その個人個人の考えで大きく変わってくるのよ。うまくいっているからと安心して努力を怠れば、真っ逆さまに落ちて行くのよ。」と続けたのでした。 |
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私はハッとして、冷汗をかきました。開業から何度かの浮沈はありましたが、こうしてチーズマーケットが7年間もやってこられました。近年では経営状態もぐっと良くなりました。しかし、努力を怠ればあっという間に、そのいい状態の時は終わりを迎えますよ。と私に云われた気がしました。オリさんの生まれ故郷は、札幌ではありません。札幌という誰も知らない土地に移り住み、一から畳屋さんを創めたそうです。結局50年以上も営業することが出来たそうです。つまり、チャンスを掴み、そしてそれを失うことなく、高い生活水準を長年維持してこられた貴重な方なのです。ススキノの飲食店さんに配達に行っておりますと、毎年潰れていく店を目の当たりにします。それは店の規模には全く関係ないものでした。チーズマーケットと共に7年間或いはそれ以上続いている飲食店さんは、それなりの魅力があるからだと感じています。いい店しか残っていないのです。チーズマーケットは、今年8年目。あと42年、2047年までオリさんの店のように皆様にかわいがってもらえる店として続けることが出来るのでしょうか? そう考えますと、オリさんの商売は、とてもすごいと思います。その長い繁栄を支えてきたのは、ご夫婦の並々ならぬ努力の賜物だと思います。そうした努力が多くのお客様に認められ、「どうせ畳を注文するなら、栄さんの店に頼もう。」というお客さんをたくさん持つことになったそうです。やっただけ収入も増えて、それがまた次のやる気になり、休まずに毎日コツコツと働いてきたそうです。そして労働と努力に見合うだけの良い生活を送ることも出来ました。しかし、自分達の仕事に対して、「もうこれぐらいでいい。」と思うことは廃業する数年前までは、一切無かったそうです。ですから、毎年開店当初と同じ心構えで、おごることなく一つ一つの仕事を仕上げていったそうです。「チャンスは誰にでもある。しかし、それを物に出来るかどうか、またつかんだものをどれだけ長く続けられるかは、それぞれの人間の努力次第だ。」というのです。 私はこの頃は ”今、私に必要な人だからその人に出会えた。” 或いは、”今の私に必要だから、こうした話を聞けるチャンスがあった。”と考えるようになりました。今のこの時期に、オリさんに出会えて本当に良かったと神様に感謝しました。 |
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最後にオリさんは云いました。全てにおいて、強い気力がないといくらチャンスが来ても駄目だと。死ぬのは真っ平御免だ、長く生たいという気力。働く気力、目標を立ててそれを達成しようとする気力。こうした気力が成功を支えると。今もってエネルギーの塊のような素晴らしい90歳の女性でした。 |