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自営業は自分自身を見つめ直せる仕事。ゼロから始めた自営業だから失っても全てが手に入らなくても平気。



これまでの1話から5話までを読まれた方が、「自営業は時間やお金が多く手に入る。だから自営業はいい。」・・・と、感じただけならとても残念です。何故ならそれらよりもっと重要なことがあったからです。私が公立学校の中学校教員を辞めて、チーズの輸入販売という自営業をやって一番良かったことは、自分自身が大きく変わったことです。特に考え方が以前よりも良くなり、少しは成長したと思うのがうれしいことです。どうして変われたかというと、自営業というのは、存在価値がないと続けられない仕事なので、商品はもちろんのこと、自分自身も研いて総合力で体当たりしていかないとやっていけない仕事だからだと思います。自分を変えていかなければ、自営業の仕事や生活に行き詰まってしまっていたと思います。今日はそうした自分の内面の変化についてお話したいと思います。

自営業になって良かった事はいろいろありましたが、最も大きいのは幸せを感じるような考え方に変わった事です。どういうことかと一言で申しますと、「我(ガ)が、少し減ってきた。」という事だと思います。例えば、今までの私なら、自分が望むことの全て揃わないと、決して満足することが出来ませんでした。またお金を得ても、もっともっと欲しいと思っていました。そうした欲望があることは人間として当たり前のことだと思いますが、「物やお金がたくさんあること=幸せ」と思っていたから、物やお金に固執していたのだと思います。しかし、今では物やお金があることが幸せにつながるとは感じなくなり、それが自分を見つめ直すきっかけとなったのです。つまり自営業という不安定な仕事をやっているからこそ、いい方向に向かうようにと自分自身をも見つめる必要が出てきたのだと思います。
 
では、もう少し詳しくお話しましょう。もちろん、私は仕事で自分が満足する結果が得られるように最大限の努力をして来ました。しかし、それと同時に相手にもそれを要求していたのだと思います。今、こうしていろいろな人たちの協力があって初めて成り立っている食品の輸入業をしているとどんなに自分が努力しても、希望する結果にならないことがよくあることを経験しました。またどんなにお金を払ってもどんなに相手に時間の余裕をあげたとしても、手に入らないこともあることを知りました。それは自分の努力だけでは変わらない現実を見つめることで、それは自分の無力さも知らされることでした。以前なら自分の思うようにならないと、その人のせいにしたり、その人の努力を疑っていたと思います。そのくせいつでも全てを得ることを当然のことの様に思い、全てを求めていた過去の自分が如何に自分勝手でつまらない人間だったかと恥ずかしいです。こういう考えの人間では、なるほど幸せを感じることは出来なかったなぁと今では理解できます。今では残念な結果だったけど、その仕事に携わった人たちは誰もがベストを尽くしてくれたと思えるようになりました。だから、結果を素直に受け入れられるようになったのです。こうして自分が大きく変わることが出来たのも、この自営業という仕事をしたお陰だと思います。その結果、私は以前よりもぐんと幸せをたくさん感じるようになったのです。

ノルマンディー地方のとある町の朝市ではちみつを売っていたおばさん。自分の商品に自信があって、楽しそうに商売をしていました。(AUG 2005)


別の角度から今の自分を見て、幸せをより感じるようになった理由は、「多くの事を一度に望まない姿勢。」に変わったからだと思います。これは一見、消極的に感じられるかもしれませんが、今の私には気に入った心の構え方です。今でも良い結果を得ようと最大限の努力はしています。しかし、一度出てしまった良くない結果も全て受け止められる度量が出来たのだと思います。例えば飲食店さんやネット店のお客さんなどからご注文を頂きます。それに合わせてチーズやオリーブオイルやトリュフなどの食品を輸入する為の発注をします。海外の取引相手先に準備に一定の時間を持ってもらうために、3週間以上も前に発注することもあります。しかし、いざ2日後に札幌に着くという段階になって、一番必要だったチーズが欠品していたという連絡が来るのです。「あー、どうしよう。お客さんに何といってお詫びしようか。・・・」といろいろな事が頭にぐるぐる浮かびます。以前はこうしたことがあると胃が痛くなり、とても憂鬱になりました。こうした事が起きる度に楽しく仕事が出来なくなるのでした。ある時には、「どうして来ないのか?」とメールで海外の取引先にクレームを出したこともありました。「あんなに時間があったのにどうして届かないの?」・・・。などなどと。でも、気が付いたのです。・・・・誰も悪くないと。仕方の無いことだと。むしろ一番悪かったのは自分だと。注文した物が、毎回・全て・輸出される事が当然だと思っていた自分が、実は最もいけない人間なんだと気が付いたのです。いつも完全な輸出入が実行されるなんて有り得ないと気が付いたのです。もしもこちらが注文したものを全て必ず輸出するようような取引きを実行しようとすれば、きっと海外のいろいろな取引先にとてもつらい仕事を強いることになると思ったのでした。自分の他人に対する強くて多い要望は、相手を苦しめているだけだと気が付きました。そういう厳しい事を云う人とは、いい関係で仕事が長続きすることはないのです。
 
フランスのいろいろな地方色豊かな素晴らしい作り手のおいしいチーズが揃っているパリ郊外にあるランジス市場。そうしたチーズ問屋さんと私達が取引できただけでも有難いことなのにと思い直したのです。そしてそういうチーズが無事札幌に届くだけでも有難いのにとも思います。以前の私は、この一番大事なことを忘れていたのです。でも今は、注文した30種類のチーズの内、5、6種類ぐらい欠品していたって、「どうってことない。また次があるさ。」と落ち込まなくなり、負い目も感じなくなりました。少しでも無事に札幌に届く、そうした小さな成果を発見しただけも有難いなぁーと思えるようになったのです。そうすると、憂鬱な気持ちがぱっと消えていきました。不思議ですが、欲しい物が無かったことで次こそという前向きな気持ちになっていったのです。と同時にこうした事情を理解してくれるお客さんに囲まれて仕事が出来ている私は、本当に幸せだと気が付いたのです。こうして、今では心静かにいい状態のチーズをさらに手入れをして保てるようにしています。そして、それらのチーズを心から待つ人たちにお届けして、「やっぱりおいしいかった。」という言葉を頂いて、また次のやる気が出る・・・。この繰り返しで充実感を味わいながら働くことが出来ているのです。
 
しかし、初めてのお客さんの中には稀に以前の私の様な方がいらっしゃいます。”チーズが美味しくて、長持ちして、安くて、クレジットカードも使えて、ポイントも付いて、頼んだらすぐに送ってくれる店を探している人”ということでしょうか。これは極端な例にしても、日本では・・・「客の言うことは正しい、客の要求には絶対応えなくてはならない。」的なお客優位の傾向があると思います。でも、買う側が偉いとか売るほうが下とかいう発想そのものが、幸せから自分を遠ざけている気がします。今、自分は客の立場なのだから、何でも店に要求することができると考えたのなら、その考えこそが自分を幸せから遠ざけているのです。お客になっても、逆に接客する立場になっても、いつでも同じ考え方が出来る人こそ幸せを感じる人なんだと思います。先の例の様な自分の希望を100%叶えてくれる店というは、日本でもフランスでもイタリアでも実在しません。万一そういう店があったとしても、欲求の多い人では、自分の中に更なる欲求が生まれた時に、これまで大満足だった店でさえも、すぐに不満に思うようになっていくということに気が付けないのです。つまり、いつまでたってもどこまでいっても自分の心が満ち足りないのは、店や他人のせいではなくて、そういう欲張りな物の考え方が最大の原因だということなのです。自己の欲求から一歩も引かない頑固さでは、どんなに美味しいものを食べも、決して満ち足りることは出来ないのです。しかーし、もし自分が一歩引いて物事の流れを見つめて、自分に関わっている人の事を冷静に考えられたら、自分が求めた事の中のその幾つかがあっただけでも、大きな満足感を得ることが出来るのです。幸せを感じるかどうかは自分の回りの人たちで決まるのではなくて、実は自分の考え方次第だという事に私は気が付いたのです。それは別の言い方をすれば、嫌だなあと思う原因を相手の中に探すのではなく、自分の心の中に探すことなんだと思います。自分が変われば、店や人間との出会いに対して今まで感じ得なかった素晴らしさを感じて、心が満足していくようになりました。そうした心構えの人は、人生の中でより多くの機会に幸せを感じることが出来るようになるのではないかと思うようになりました。
 
フランスでも指折りのおいしいやぎのチーズが、南フランスのラングドック・ルションにはあります。(ブーゴーさんのやぎのチーズです。)今、遠く1万kmも離れた日本の自宅のテーブルの上にそのチーズがあるという現実に目をやるだけで、もうそれだけでもとても有難く感じてしまいます。これまでに一体何人のどういう人たちの手を通してここまで無事にやって来たのかという長い行程に思いを巡られる人は、自分がそれを食べられる事に感謝せずにいられません。そしてそれを大切に最後まで食べようと思いますし、こうしたチーズを売る時私は、なるべくこうした事情を感じとれる人に召し上がってもらいたいなぁーとも思います。
 
人は欲しかった物にたくさん囲まれるから幸せに成るのではなくて、人やその物を見つめてどう感じるかという心の違いで、幸せを感じられるかどうか違ってくるのだと思います。その為には、年を重ねながら「我(ガ)」を徐々に捨てていくことも必要だと思います。そして、自分の原点といいますか基準を何処に決めるかでも、見え方や感じ方が変わってくると思います。私は、一から始めたこのチーズマーケットという自営業だから、この仕事や生活を失うことに恐れはありません。でも、お金もある家もあるという事を原点(基準)に据えれば、失うことは恐ろしいと思いますし、どんなにいろいろな物やお金を得たとしても、心が満ち足りる日は来ないですし、そういう物やお金に執着すると、余計な力が入った無理な窮屈な生き方になると思います。日々暮らせるだけ幸せと思えば、どんなことにも有難い気持ちが沸々と沸いてくるようになります。(何処かのお坊さんに成ったみたい・・・?)
 
そしておいしさに感動したり、自分の回りにいる人たちに感動する心が生まれます。私は、以前よりもいい人だなぁ思う人がとても増えました。そういう人は、以前にも自分の回りにも多くいたはずなのですが、その人たちがいいと思える心が自分にはなかったのだと思います。いい人だなぁと思う回数が多いということは、それだけ自分も少しはいい人間になってきたのかなぁという証なのだと思います。^^)いろいろな日々の出来事の中で、少しでも有難いと感じる事を見出せるような心を持つことが、心穏やかに幸せを感じやすい人間へと変えていくのだと思います。自分を見つめることの出来た自営業という仕事は本当にいいです。不安定な仕事だからこそ、工夫する余地がたくさんありそれが私を変えるきっかけとなったのだと思います。



自営業は自分自身を見つめ直せる仕事。ゼロから始めた自営業だから失っても全てが手に入らなくても平気。